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かすみっくす

その人自身の得意とする方法で表現・循環できる場をつくり“生ききる”人を増やしていきます。

やりたいことをやる

頭のレベルではなく

もっと深いところからの

“やりたいこと”をやっているなと気付いた

 

基本的に

私は直感に従う人間である

 

直感がものすごいことを言ってきても

まぁなんとかなるっしょ、と行動する

 

でも本当に直感だけだから

頭脳のほうは不安で不安で仕方なくなる

 

でも、おかげさまでなんとかなっている。笑

 

今日、

日本人は一度レールから外れると戻ることが難しくなる

っていう話をしたんだけれど

 

正直、だから何?って思ってしまった。

 

確かに、新卒でしか入れない会社とか

そこでしかできない経験があったりするし

努力の結果なんだろうから、

素晴らしいことだと思う

 

でもそのレール作ってるのって自分自身なんじゃないかなぁ。

 

その人の目標とかにもよるし

私が女だからってのもあると思うんだけどね、

 

そんなレールなんか使わなくったって

楽しく生きられるよ?

人並みの生活できるよ?

幸せになれるよ?

 

現に、私、

新卒で就職しなかったし

正規雇用経験ないし。

 

そりゃあ、

奨学金の返済だとか、税金とか、

なんやかんやあるし

 

昔はそんな自分を責めてみたりもしたけれど。

 

でも、幸せに楽しく生きてるよ。

 

それでいいんじゃないかなぁと思う。

 

別に、なめてるわけじゃなくて

たいした病気もせず、五体満足で

大学まで自由に行かせてもらって、

勝手に実家も飛び出してるからさ、私は。

 

みんな、何を目標にレールに乗っていたいんだろう?

 

そんなことを思いながら、帰宅途中、ふと思った

『あの頃のわたしは人と違うことをしたかったんだ』

 

お正月も実家に帰らず働いてたよ。

 

早朝のコンビニと飲食店をかけもちして

5-10と15-23、さらに翌朝5-10、17-23とか。

 

よくやってたなーと思う。

 

そうやって

『お正月は家族や一族で過ごすもの』

っていう一種の常識に倣うのが嫌だったんだ。

 

帰れたんだよ。別に。

バイトだし、シフト制だったから。

でも、帰らなかった。

帰れないと思い込んでた、って方が正しいけど。

 

今になって思うのは、

『人と違うことをすることで、どちらの可能性もあるんだってことを体験したかったんだ』

ってところで。

 

もちろん、やるせなさとか、悔しさとか、

色々な感情があったけれど

事実を振り返って見ていくと、そうなんだな、って感じ。

 

そしてそれは今でも継続中。

私は可能性を体験したいんだ。

 

お正月に、実家に帰ってもいいし帰らなくてもいい。

どっちでもいいと思う。心から。

 

いまの私は、帰ることを選ぶよ。

帰れる実家があるのは、ひとつの幸せだ。

 

いま、やりたいことをやっているとしたら

一体何をやりたくて体験しているんだろうね。

 

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