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かすみっくす

その人自身の得意とする方法で表現・循環できる場をつくり“生ききる”人を増やしていきます。

カタチと中身

あたまの中 その3

 

なんでカタチに囚われるんやろ?

たぶんはじめは違ったんだ。

 

なんでもやり始めは質問が出る

「これはなに?」

「どうするの?」

「どうしたらできるの?」

「なんでそれをやる必要があるの?」

 

なんでー?どうしてー?

を、繰り返している自分がいる。

 

ただ知りたいだけなんだけど。

ただ把握したいだけなんだけど。

 

けど度が過ぎちゃって

うるさい黙れって怒られた事があるっぽい。

子どもだからって

適当な言葉ではぐらかされたことがあるっぽい。

 

それが何度もあって聞くのが億劫になった。

悲しかったし理不尽だし馬鹿にされてるな。

これもパターンか。

 

けど知識欲がなくなったわけじゃないから

自分の中の質問は止まらない。

でも聞けない。

だからとりあえずカタチだけやっとく。

カタチだけでもやっといたら

わかる日が来るって信じていた。

 

剣道は中学校3年間

がむしゃらにやっていただけだったから

よくわからなかったけど

 

高校大学の7年間やっていた

弓道に関して言えば

正直わかるものもあれば

わからないものあった。

 

どちらかというと

圧倒的にわからないことのほうが多かったけど

 

まぁ狩猟時代からある弓を

たかだが7年でわかろうなんてのも

無謀な話ではあるが

 

そんなに目立った成績があったわけではなく

やきもきしながら半分やけになって練習していた

大学時代のとある日

師範がいらっしゃっていた

 

何かつかみかけているのにうまくいかない

 

師範は引き分ける前の

私の押手(左腕のこと)の一部を

ちょいと押さえてくれて

そのまま引き分けてくると

 

押手が今まで見たことない動きをして

あんなに早気(早 漏みたいなもんです)だったのに

めちゃくちゃ気持ちよく伸びあえて

エクスタシーを感じるくらいの

気持ちよさしかない離れをし

当たり前のようにど真ん中に矢が吸い込まれていって

的中音も今までとは全然違って

 

超びっくりした

 

再現性はめちゃくちゃあった

もともと体感覚が強かったし

練習だけはしてて筋肉量もあったから

ここをこう、ってすぐ覚えた

 

けど

けど

けど

 

びびってやめてしまった

 

『中(あた)る選手である佐竹香澄』は

弓道部的には必要だったのに

当時の人間関係とか、

他に努力してる人がいっぱいいるのに

私だけこんなに

気持ちよく中てられちゃうなんて

イケないことだ!

とか

なんかようわからんぐちゃぐちゃした思いがあって

中る私は存在してはいけない、と思ってしまった

 

意識の上では中てようとしていたんだけど

深いところではそうだった。

 

後悔していることのひとつ。

本当はそのまま楽しみたかった。

弓・矢・弦と、体と、心が一体になった感覚。

中りとかはずれとか、そういうレベルの話じゃなくて

何か真理に繋がる道のひとつだったように思う

けれどそこに行くのが、乗るのが怖かった。

 

卒業してから

社会人弓道部に誘われたけど

行かなかった

もう集団で何かをやるのは嫌だった

見るのも見られるのも嫌だった

無人島に行きたかった

 

結局、中身を見るのが嫌だったんだ

何度も出てきているのは

『怖い』とか『恐れ』って単語

蓋開けてみたら

助けてもらわないと何もできない

クソガキな私がいるだけなんだから

 

あ、赤ちゃんかもしれない

 

お仕事では

わからないことだらけだし

同じように見えることでも

状況が違えば対応が変わるし

聞くしかないんだけど

 

もうなんかわかんないことだらけすぎて

どれがなんなのか・・・

勉強するにも何からやったらいいのか・・・

特技の空回りを遺憾なく発揮し・・・

一体何を求められてるのか・・・

出さないとわからないのだろうけれど。

私の中の正解を。。

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